子どもに中性的な名前をつけたことを振り返る。

子どもに中性的な名前(ジェンダーレスネーム)をつける 子育て

名前にどんな意味や願いを込めるか、どんな字を使おうか…親にとって、生まれてくる子どもの名前を考える時間は特別ですよね。
出産を控えていた頃、子どもの命名に悩んでいた私は、あるとき「男女どちらでも使える名前がいいな」 と閃いて、中性的な名前をつけることにしました。
わが家だけでなく、最近では、葵(あおい)や凪(なぎ)といった男女どちらでも使えるジェンダーレスネームの子を見かけます。
もちろん、中性的な名前に違和感を持つ方もいると思いますが、今日の記事は、「世の中にはこういう考えで命名する親もいるんだな〜」と気楽な読み物として読んでいただけたら嬉しいです。
また、現在、子どもの命名に際して、色んな可能性を検討している方もいらっしゃると思うので、わが家の体験談が少しでもご参考になるところがあれば幸いです。

中性的な名前を考えたきっかけ

私の場合、「中性的な名前」を意識した最初の理由はとてもシンプルでした。
妊娠中、エコー検診でなかなか赤ちゃんが性別を見せてくれず、妊娠8ヶ月ごろまで性別が分からなかったのです。
そろそろ名前決めなきゃな〜、でも性別がわからないと決められないしなあ、とウダウダしているうちに8ヶ月になってしまったので、「それならいっそ、男女どちらでも合う名前にしておけば安心」──そんな考えが頭をよぎったのでした。
いま振り返ってみると、気がつかないままズボラ思考をしていた気がします(汗)。
でも、たまたま閃いたアイデアを吟味するうち、けっこういいかも?と考えるようになったんですよね。

命名時に考えた中性的な名前のメリット

これから子どもたちが生きる時代は、きっと今よりもっと「性別や枠にとらわれない生き方」が広がっていくはずです。それに、もしかしたら、子どもが成長したとき、セクシュアル・アイデンティティと名前の性別が一致しない可能性だってあるかもしれない。そうしたとき、なるべく悩みを少なくしてあげたいなと思いました。
そんなことを考えていると、子どもには自分の人生を、自分らしく、自由に選んで生きてほしいと願っていた私にとって、中性的な名前を子どもにつけることは、なんだかぴったりに思えました。
それに、子育てをするうちに、その初心を見失いそうになるときもあるだろうとも思っていたので、子どもの名前に触れるたびに親自身が初心を思い出せるといいなとも思っていました。

以上をまとめると、わが家の中性的な名前の命名理由は、次のとおりです。

  • 男らしさ・女らしさに縛られず、自分らしく活躍してほしいという願いを込めて
  • セクシュアル・アイデンティティを子どもが選択する際になるべく苦しんでほしくない
  • 名前の性別とセクシュアルアイデンティティが一致しない場合、将来的に改名したくなるかもしれないが、初めからジェンダーレスな名前にしておけば法的な改名手続きの煩わしさを避けられる
  • 子どもの名前に親の初心(願い)を込められる

子どもの成長と中性的な名前

わが家の場合は、中性的な名前をつけたことで、特に不便なことやデメリットは今のところ生じていません。強いて言えば、赤ちゃんの頃は、見た目で性別がわかりづらいので、性別を間違われることもあったのですが、それでそんなに困ったということもなかったような…。
今後、学校に入ったり、その後の状況が変わることがあったら、またご報告したいと思います。

中性的な名前をつけられた当の本人の息子はどうなったかというと、3歳ぐらいの頃は、電車や働く車が大好きっ子で、そこは典型的な男の子という感じでしたが、色は綺麗な可愛い系が好きで、自分で選んだピンク色のアンパンマン靴もお気に入りでよく履いていました。今でも、プリンセス系や宝石みたいな綺麗なものは割と好きな方なんじゃないかと思います。わが家では、本人の好みについては干渉しないようにしているので、いつのまにか自然とそうなっていたという感じです。
そういえば、七五三のときも、撮影の貸衣装を息子に選んでもらったのですが、母方の祖父母との撮影には「男の子用」の羽織袴や三つ揃いを選んだかと思えば、父方の祖父母との撮影では「女の子用」の水色とピンクの可愛い被布を選んでいました。正直、「えっ」と驚く気持ちはあったのですが、子どもが「好き」を基準に選んでいる姿を見て、夫とも相談し、まあいっかとその衣装を借りることにしました。当日は、ちゃっかりお花の髪飾りまでつけてお参りして、同行してくれたカメラマンさんに「可愛い!」と褒められ、まんざらでもない顔でニコニコ写真撮られてましたね…。
正直に言うと、その姿で近所の寺社に参拝するのは若干の気恥ずかしさもありました。昭和生まれの私には、まだ「男の子らしさ・女の子らしさ」の感覚が残っているからかもしれません。でも、こうした小さな選択の積み重ねが、息子の未来を少しずつ生きやすいものにしてくれたらいいなと願っています。

日常の忙しなさで初心を忘れるときもあるけれど

理想と現実はいつも違うものです。
最近の息子は、椅子に片膝を立てて、両腕を椅子の背に回し、ふんぞり返って座りながら食事しようとするので(お行儀が最悪でお恥ずかしいです)、「足を下ろして、肘はつかないで、お行儀よくして食べるよ」と口うるさく注意して、それでも聞いてくれないのでイライラすることもしょっちゅうです。
お腹すいたコールに急かされながら一生懸命料理をしたのに、あんまり食べずにもうおなかいっぱい、と言われてがっくりすることも日常茶飯事。
スムーズに歯を磨かせてくれない、お風呂に入ってくれない…ルーティンの毎日をこなすだけで忙しなく日々は過ぎていきます。
そんな日々の中では、普段は親の「初心」なんて忘れてしまいがち。
でも、息子の名前に触れると、「子どもが自分らしく幸せに生きられれば、それでいい」──その初心をふっと思い出すことがたまにあります。だから、子どもの名前は親にとって、親の初心を思い出すためのリマインダーでもあると思うんです。

まとめ:中性的な名前に願いを込めて

わが家の場合、中性的な名前をつけることを思いついたのは偶然(というか母のズボラ)でした。
でもその選択が、親世代が想像もつかない変化を迎えるであろうこれからの時代を生きる子どもにとっても、また、そこに子どもを送り出す親である私自身にとっても、支えになってくれたらいいなと願っています。
子どもが自分らしく幸せに生きられるように。子どもには自分の人生を、自由に選んで生きてほしい。
その想いを込めて、私は今日もこの名前を呼んでいます。
いつか息子がもう少し大きくなったら、中性的な名前に込めた想いを伝えたいと思っています。

どの名前も、親が子どもの幸せを願ってつけたもの。
今日のお話が、子どもに命名したときの気持ちを思い出したり、あるいは私達自身が、親からもらった自分の名前の由来を思い出して、親子の縁を顧みる機会にしていただけたら嬉しく思います。

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